会社を譲る側でも、譲り受ける側でも、相手が見つからないという相談をよく受けます。話を聞いていると、多くの場合、自社の説明はとても丁寧にされています。事業の強み、実績、技術、取引先。準備された資料は立派です。
それでも進まないことがあります。相手が知りたいのは、その会社が優れているかどうかではないからです。
相手が見ているのは、一緒になった後の景色
買い手が本当に確かめたいのは、一緒になったら自社がどう変わるか、です。仕入れがどう変わるのか、人材がどう補えるのか、営業エリアがどう広がるのか。譲る側にとっても同じで、この相手に渡したら、社員と取引先がその後どうなるのかを見ています。
ですから、伝えるべきは自社の性能ではなく、一緒になった後に相手の会社で起きることです。ここを話したときに、相手の頭の中にその景色が浮かぶかどうか。私は、この一点で進み方がまったく変わると思っています。
浮かんでいるかどうかは、簡単に確かめられます。相手に説明してもらえばいいのです。「一緒になると、御社ではどんなことができそうですか」と聞いてみて、相手が自分の言葉で語り出すなら伝わっています。こちらの説明を繰り返すだけなら、まだ届いていません。
「この会社を紹介したい」から入ると、うまくいかない
間に立つ側にも同じことが言えます。「この会社を紹介したい」から考えると、候補は自分の手持ちの中だけで探すことになります。そうではなく、「この会社は、どんな相手を求めているのか」から入る。順番を変えるだけで、候補の見え方が変わります。
相手が何に困っているのか、何を求めているのか、どんな未来を望んでいるのか。そこが分かっていれば、同じ会社を紹介しても伝わり方が変わります。
タイミングは、条件と同じくらい効く
もう一つ、見落とされやすいのがタイミングです。同じ話でも、相手の状況が違えば結果は変わります。設備投資を終えた直後の会社と、これから人を増やそうとしている会社では、同じ提案の意味がまるで違います。
譲る側にとっては、これは自社の準備の話でもあります。業績が落ちてから、あるいは経営者の体力が落ちてから動き出すと、選べる相手が減ります。条件を整える時間も残りません。
いちばん条件が良いのは、まだ動かなくてもいい時期です。ここが承継の難しいところで、急いでいないときにしか良い準備ができません。
先に用意しておくと効くもの
相手が景色を思い浮かべられるようにするために、先に手元に揃えておきたいものがあります。
- 決算書に出てこない価値の棚卸し。技術、取引先との関係、有資格者、許認可、長年の段取り
- 社長がいなくても回っている業務と、社長しかできない業務の切り分け
- 数字が月次で出ていて、聞かれたときにすぐ答えられる状態
三つ目は地味ですが、実はいちばん効きます。質問に対して即答が返ってくる会社は、それだけで信頼されます。逆に、資料を探しに戻る回数が増えるほど、相手は不安になります。
そして二つ目が整っていない会社は、譲ったあとに機能しなくなるリスクが読まれます。社長個人に依存している部分が多いほど、相手は慎重になります。
説明を増やすより、相手を見る時間を増やす
うまく進まないとき、多くの経営者は自社の説明を厚くしようとします。資料を増やし、実績を足し、強みを言い換える。ですが、そこは足りていないことが少ないのです。
足りていないのは、相手が今どんな課題を抱えていて、何を必要としているかを知る時間のほうです。相手を見る時間を増やすと、話す内容は自然に絞られていきます。
これは承継やM&Aに限った話ではありません。営業でも、採用でも、同じことが起きています。

