沖縄でのリトリートを終えて、大阪へ戻る電車の中でした。
ある経営者の先輩から、メッセージが届きました。
「矢野さん、今期は過去最高の売上になりそうなんだけど、税金の支払いを考えると手元のキャッシュが不安でさ…」
読んだ瞬間、シートに座ったまま胸が締めつけられました。起業して間もない頃の私が、まったく同じ場所に立っていたからです。
「とにかく売上を上げれば会社は回る」と信じて、毎日走り回っていました。それなのに月末になると口座の残高はぎりぎり。税金の通知が届くたびに胃が痛くなる。こんなに働いているのに、なぜ報われないのか。本気で心が折れかけました。
売上が伸びているのに苦しい。この状態は、経営者にとっていちばん説明しづらい種類の不安です。誰かに言えば「売れてるんでしょ」で終わってしまうからです。
利益と現金は、別のものです
決算書に出てくる「利益」と、明日使える「現金」は違います。
当たり前のようでいて、この2つが頭の中で1つになっている経営者は少なくありません。私もそうでした。
ドラッカーは「利益は条件であり、目的ではない」と言いました。条件というのは、それがないと続けられないという意味です。目的ではない、というのは、それを増やしても目的が達成されるとは限らないという意味です。
会社と社員と家族を守るために本当に必要なのは、決算書の利益ではなく、実際に自由に使える手元の現金でした。
では、利益は出ているのに現金が残らないとき、お金はどこへ消えているのか。行き先は、だいたい決まっています。
お金が消えていく、3つの出口
1. 運転資本 — 売れば売るほど先に出ていく
売上が伸びるとき、入金より先に支払いが来ます。
材料を仕入れ、外注に払い、給料を払う。その後にようやく請求書の入金が届く。売掛金の回収が翌々月なら、その2か月分は会社が立て替えていることになります。
つまり成長そのものが現金を吸い上げます。売上が伸びているのに苦しいのは、経営が下手だからではなく、伸びている会社に必ず起きる構造です。
2. 借入返済 — 経費にならないのに出ていく
返済のうち元本部分は、費用ではありません。損益計算書には現れません。
だから決算書は黒字なのに、通帳からは毎月出ていく。この差が、いちばん気づきにくい穴です。
3. 税金 — 利益に対してかかる
利益が出れば税金がかかります。売上が過去最高なら、税額も過去最高になります。
冒頭の先輩の不安は、まさにここでした。売上が伸びた分だけ、翌年の支払いが重くなる。
この3つを引いたあとに残る金額こそが、来年その会社が使える現金です。私はこれを「今年の最後に残るお金」と呼んで、必ず最初に計算します。ここがマイナスなら、黒字でも借入は増え続けます。
順番を間違えると、体力を削ります
では何から手をつけるか。順番があります。
第1に、出口を数えること。 運転資本・返済・税金・設備投資で、年間いくら出ていくのかを1枚にします。ここが見えていないまま打ち手を考えても、効いているかどうかが分かりません。
第2に、返済条件を見直すこと。 元本返済は、金額のわりに効きます。条件を組み替えるだけで年間の現金の出方が変わることがあります。銀行との話し合いには、返済しきれる計画を数字で示す必要があります。
第3に、支払い方を変えること。 ここまで来て初めて、日々の経費の払い方が意味を持ちます。
支払い方を変える、という打ち手
同じ金額を、同じ相手に、同じタイミングで払っていても、支払いの経路を変えるだけで会社に残るものが変わります。
法人クレジットカードの活用は、その代表的な手段です。
ただし「経費をカードで払う」だけでは、ほとんど意味がありません。効いてくるのは次の3点を設計したときです。
- 支払いサイトのずれ — 現金が出ていくタイミングを後ろにずらす。運転資本の穴を直接埋めます
- 還元の受け取り方 — 法人で受け取るのか、個人で受け取るのか。ここを曖昧にしたまま進めると、税務上あとで困ります
- カードの選び方 — 還元率だけを見ると失敗します。移行上限や利用可能枠のほうが、実際の効果を決めます
「還元率が高いカードを作ったのに、思ったほど得していない」という相談をよく受けます。原因はたいてい、還元率ではなく上限の設計にあります。
支払い方の話は、順番でいえば3番目です。1番目と2番目を飛ばして飛びつくと、効果が実感できないまま終わります。逆に、出口が見えている会社にとっては、いちばん抵抗なく始められる打ち手でもあります。
「見えている」だけで、判断は変わる
冒頭の先輩には、まず出口を1枚にすることをお勧めしました。
数字が見えると、話が変わります。「なんとなく不安」が「この3つのうち、ここが重い」に変わる。そうなれば、打ち手は自然に決まります。
売上が伸びているのに苦しいのは、あなたの努力が足りないからではありません。伸びている会社に必ず起きる構造です。構造は、構造として手当てできます。
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