オーナー社長にとって、自社株・役員報酬・退職金は別々に決められない3つです。
役員報酬を下げれば会社に利益が残り、株価が上がる。株価が上がれば、承継のときの負担が増える。役員報酬を上げれば株価は抑えられるが、個人の税負担が増え、同時に退職金の算定基礎も動く——この3つは互いに影響し合っています。
それぞれを単独で最適化すると、必ずどこかで損をする。だから順序が要ります。
まず決めるのは「出口」——どう引き継ぐか
最初に決めるべきは株価でも報酬でもなく、会社をどう次に渡すかです。ここが決まらないと、すべての設計が空回りします。
| 出口 | 株価に対する考え方 |
|---|---|
| 親族内承継 | 低いほうが有利。移転コストを抑える方向で設計する |
| 従業員・役員承継(MBO) | 低いほうが有利。後継者の買取資金の負担が直接的に効く |
| 第三者承継(M&A) | 高いことは悪くない。むしろ企業価値を上げる方向で動く |
同じ「株価が上がった」という事実が、出口によって好材料にも悪材料にもなります。出口を決めないまま株価対策だけを走らせるのが、最も危険なパターンです。数年かけて株価を抑えた後にM&Aを選ぶことになれば、その努力は売却価格を自ら下げただけになります。
出口の選び方は事業承継の3つの選択肢と5年ロードマップにまとめました。
自社株——まず「いくらか」を知る
驚かれるかもしれませんが、自社株の評価額を把握していないオーナー社長は珍しくありません。上場していないため株価が目に見えず、日常業務でも必要にならないからです。
しかし承継の局面では、これが最大の変数になります。押さえておくべき性質は3つです。
- 業績が良いほど上がる——利益を出し、内部留保を厚くしてきた優良企業ほど株価は高い。頑張ってきた結果が承継の壁になるという皮肉な構造があります
- 対策には数年の助走が要る——単年でどうにかなるものではなく、計画的な期間が必要です
- 分散させない——相続で複数人に分かれると、重要な意思決定に必要な議決権を後継者が確保できなくなります
まずやることは単純です。顧問税理士に現時点の評価額を出してもらうこと。ここが分からないまま報酬や退職金を議論しても、話が地に足がつきません。
なお、具体的な評価方法や事業承継税制などの特例の適用可否は、会社の状況によって大きく異なります。個別の判断は必ず税理士と行ってください。ここでは設計の順序に絞って書いています。
役員報酬——会社と個人の合計で考える
役員報酬でよくある失敗は、法人税だけを見て決めてしまうことです。報酬を上げれば会社の利益は圧縮されますが、個人側では所得税・住民税・社会保険料が増えます。会社と個人を合わせた手残りで判断しないと、片方だけ最適化して全体で損をします。
また、役員報酬は期の途中で自由に増減できません。原則として事業年度開始から一定期間内に決め、その後は同額を支給する必要があります(定期同額給与)。つまり「儲かったから期末に増やす」ができない。だから期初の段階で、その年の着地を見通して決める必要があります。
承継を見据えるなら、もう一つ論点があります。後継者の報酬をいつ上げるかです。役職だけ先に渡して報酬が据え置きだと、本人にも周囲にも「まだ実権はない」と伝わります。報酬の水準は、実権移譲のメッセージとして機能します。
退職金——最大のキャッシュアウトであり、最大の論点
役員退職金は、承継の設計における中心的な論点です。理由は3つあります。
- 会社にとって最大級のキャッシュアウトになる——支給時期の資金繰りに直撃します
- 利益が圧縮されるため、株価にも影響する——株の移転時期との組み合わせが論点になります
- 金額の算定に根拠が要る——一般には最終報酬月額・在任年数・功績倍率を用いた考え方が使われますが、水準の妥当性が問われる場面があります
実務で重要なのは、払える状態を先に作っておくことです。退職金の原資を保険や積立で計画的に準備していない会社が、いざ支給の段になって資金繰りが回らず、支給額を圧縮するか時期をずらすことになる——という場面を何度も見てきました。
承継直後は、新体制の運転資金も必要になる時期です。退職金の支給で手元資金が薄くなり、生存月数を割り込む設計にしてはいけません。支給額の決定と資金繰り表は必ずセットで見ます。
また、支給には株主総会の決議など所定の手続きが必要です。金額の妥当性・手続きの適正性はいずれも税務・法務の論点を含むため、税理士・弁護士と連携して進めてください。
設計の順序
| 順序 | やること |
|---|---|
| 1 | 出口を決める——親族内・MBO・M&Aのどれを軸に置くか |
| 2 | 現在の株価を把握する——税理士に評価額を出してもらう |
| 3 | 退職金の水準と時期を仮置きする——原資の準備状況と合わせて |
| 4 | 役員報酬を逆算して調整する——退職金の算定基礎と、会社・個人の合計で判断 |
| 5 | 株の移転計画を作る——時期・方法・議決権の集約を設計 |
| 6 | 資金繰り表に落とす——退職金支給と納税の時期を月次で確認 |
3が4より先に来るのが要点です。退職金の水準は役員報酬に連動するため、先に退職金の目標を置いてから報酬を設計するほうが、辻褄が合います。報酬を先に決めてしまうと、後から退職金の水準を動かせなくなります。
やってはいけない3つ
- 株価を知らないまま何年も過ごす——把握していないものは設計できません。年に一度は確認する
- 節税だけで判断する——税負担が減っても資金繰りが壊れれば本末転倒。会社が続くことが最優先です
- 家族に説明しないまま進める——株の移転は相続の問題でもあります。後継者以外の家族への説明を欠くと、税務ではなく感情の問題で承継が止まります
まとめ——3つを1枚の絵にする
自社株・役員報酬・退職金は、それぞれ相談する相手が違いがちです。株は税理士、報酬は会計事務所、退職金は保険会社。その結果、全体を1枚の絵として設計している人が誰もいないという状態が生まれます。
この3つを、出口の選択と資金繰りに接続して並べ直すこと。それが社外CFOの仕事のひとつです。個別の税務・法務判断は各分野の専門家が担い、その手前にある「どういう順序で何を決めるか」を設計します。
自社の株価も、承継の時期も、まだ具体的には決めていない——という段階でこそ、整理する価値があります。初回の無料相談でお聞かせください。
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この記事を書いた人
矢野誠(やの・まこと)|株式会社フエル代表・社外CFO。中小企業診断士・事業承継士。製薬大手で20年、財務管理の実務を経て独立。大阪を拠点に、年商10〜50億円規模の製造業・建設業・医業を中心に、資金調達戦略・事業承継・人事評価制度構築を支援。「会社の未来予想図を、数字で描く社外CFO」
※本記事は一般的な設計の考え方を整理したものであり、個別の税務・法務判断を提供するものではありません。実際の適用にあたっては、税理士・弁護士等の専門家にご相談ください。

