社外CFOが、致良知に打ちのめされた夜
先日、経営実践研究会の対談会に参加しました。
そこで教わったのが、「致良知(ちりょうち)」 という言葉です。

意味はいたってシンプルです。
知っていることと、やっていることを、一致させる。
聞いた瞬間、私は思わずうつむきました。恥ずかしながら、自分の胸に、まっすぐ突き刺さったからです。
経営者に「早めに手を打ちましょう」と言う、その私が
私は社外CFOとして、日々、経営者の皆さまにこうお伝えしています。
「無理は続きません」
「早めに手を打ちましょう」
「体調管理も、経営のうちですよ」と。
数字を見て、リスクの芽を早期に発見し、手遅れになる前に対処する。それが私の仕事です。
では、自分自身はどうか。
正直に申し上げます。私の睡眠時間は、平均して4〜5時間ほど。加えて、お酒との付き合いも、決して褒められたものではありません。
妻は医師なのですが、隣で毎日「それが一番、体に良くないのに」という表情をしています。
夜になると「あれもやらなければ、これも返さなければ」と机に向かい、気づけば深夜1時、2時。それでも翌朝5時には目が覚めて、また一日が始まる。
知識としては、100点満点で理解している。けれど、行動は赤点。
これが、偽らざる私の姿でした。
「知っているだけの人」と「やる人」を分けるもの
対談の中で、こんな言葉もいただきました。
知っているだけの人は、山ほどいる。差がつくのは、それを実際にやるかどうかだ。
ぐさりと来ました。
考えてみれば、私はクライアントの数字は毎月きっちり見るのに、自分自身の「睡眠時間」という数字からは、ずっと目をそらしていたのです。
これは、経営における「黒字倒産」の構造とよく似ています。
経営も、健康も、「見て見ぬふり」から崩れていく
売上はあるのに、なぜか手元にお金が残らない。決算書は黒字なのに、資金が尽きて倒産する。──いわゆる黒字倒産は、多くの場合「まだ大丈夫」という見て見ぬふりの積み重ねから起こります。
不調のサインは、たいてい早い段階で数字に表れています。それでも「今は忙しいから」「そのうち何とかなる」と先送りするうちに、気づいたときには打つ手が限られている。
これは、会社の資金繰りも、経営者ご自身の体調も、まったく同じ構造です。
他人の数字は冷静に直視できるのに、自分の数字からは目をそらしてしまう。
経営者の孤独とは、まさにここにあるのかもしれません。だからこそ、外から冷静に数字を見て、耳の痛いことも率直に伝える存在が必要なのだと、あらためて自分ごととして痛感しました。
だから、まずは自分から
というわけで、宣言します。
今日は、日付が変わる前に眠ります。宣言でもしなければ、きっとまた机に向かってしまうので。
お酒については……もう少しだけ、猶予をいただければと思います。

小さな一歩ですが、「知っている」を「やっている」に変える。その一点から始めてみます。

